草津について幻の予習編(改訂版)
投稿者:上州おーちゃん
(芳が平道は、善光寺にお参りする道だった)
9月山行は「芳が平」が火山規制のため、天狗山に代わりましたが、芳が平で見たいものがありました。芳が平は群馬県の最北西部の草津の更に奥の山嶺にあり、交通機関の未発達の明治以前は秘境だったと思っていました。ところが地元のパンフレットに引用された「六合村誌」によれば、江戸時代草津温泉から芳が平、渋峠を越えて善光寺に向かう旅人に多く利用され、対立する嬬恋村経由の仁礼街道の宿場から幕府に抗議され、芳が平道は禁止された歴史があるそうです。芳が平を散策しながら、「至善光寺」などの石標に出会えたらと思いました。
(チャツボミゴケは我慢強い)
草津から芳が平に行く途中に、チャツボミゴケがビロードのように美しく群生している沢地があります。沢水は強い酸性(pH2-4.6)のため、他の生物は生育できず、独りチャツボミゴケだけが生きているそうです。
(そこは全国二位の鉄鉱山だった)
チャツボミゴケや鉄バクテリアが鉄分を濃縮し、群生地一帯は鉄鉱山となった!(現地パンフ による) 鉄鉱山は1965年まで操業され、最盛期は釜石に次ぐ日本第二位の鉄鉱山で、積出しの太子駅の遺構が往時を物語ります。
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